第5回 インセンティブ導入のポイント(その1)
前回は、改めて裁量労働制の意義を問うと同時に、その導入や賞与の調整などで、インセンティブの原資を確保する方法を会社側の視点で記述した。無論、会社側の視点だけでインセンティブを導入しても、それで社員の満足が得られるかどうかは、また別の話である。社員のモチベーションを向上させるには、どれだけ成果をあげればどれだけの報酬が得られるかを、明確に公表することが大前提となる。
もちろん、公表されたものが魅力的な内容でなければ、社員のモチベーションは逆に下がってしまうリスクも発生する。社員側から見た魅力的というのは、目標値に対する達成度に応じた支給額を公表する「支給テーブル」に記載されるインセンティブの支給額に他ならないが、会社側は予算との兼ね合いで十分に検討する必要がある。これには、支給額導入前の給与体系がどのようなものであったかも考慮する必要があるが、おおむね次のように考えるのがいいだろう。
まずは、今までの既得権であったもの(時間外手当や一律に支給されていた賞与)が減った額は、最低ライン(インセンティブが支給される目標達成度の下限値)に達したときには補償すべきである、と考える。それが補償されなければ、賃金カットと誤解されかねないからだ。また、天井(インセンテイブの支給上限額)に達したときは、今までの賞与を大幅に上回るものでなければ魅力的ではないだろう。そこでケチなものを公表してもモチベーションは低下するだけだ。どうせやるなら社員が驚くくらいのほうが私はいいと考える。
昔から、会社は上の2割の社員が引っ張っていると言われている。その説が正しいとするならば、上限値に達するのはおそらく全体の2割。よって、全社の利益が目標に達した場合、全体の2割が目標値の100%に達したときにどれだけ支払えるか、といった予測を立てれば、上限額の目安はおのずと見えてくる。
これを踏まえ、さらにその上を設定するか、青天井にするかは、経営者の考え方次第である。担当する業種や顧客、あるいは製品・サービスの分野によって各々の業績に大きな影響がある場合は、不公平感が生じるため、支給上限額は設定した方がいいだろう。
社員の間で最も不公平感が生じる要素が、目標設定である。これは最も慎重に検討すべきポイントだ。かつて私が外資系企業でインセンティブの企画に携わった際、当時の上司が常々言っていた。「誰がどこから見ても公平・公正なものを作らなければならない」と。それは本社の奥でただ考えているだけでは、達成できはしない。何よりも現場に出向いて意見を聞くことが重要だ。しかしながら、現場の人、特に営業の方々は声が大きいので、意見を全て聞くと成り立たなくなってしまう。そこは冷静かつ客観的な判断も必要だ。
私は、現場の意見を採り入れられなかった場合、発表前に個別に説明に行くなんてこともマメにやっていた。対象者は2,000人を超えていたので、そんなことをやっていると時間が経つのはあっという間である。私のスタッフ時代の2年間は、8時出社の終電帰宅。本当に大変だったが、今ではかけがえのない経験となっている。つまり言いたいのは、社員の給与に関わることなので、内容もさることながら、進め方や現場との合意形成が非常に重要ということだ。
さて、本題の目標設定の考え方であるが、これは職種によって変えなければならない。営業職は全業種共通で、会社の売上および利益目標を、縦割りでブレークダウンしていけばよいだろう。当然のことながら、下に落とす毎に数パーセントの上積みをしないと、全ての部門、全社員が100%達成しないと会社の目標は達成できないということになる。階層が多い外資系企業は、最下層の目標値の総計が全社目標の2倍を超えるなんてこともあるが、あまりやりすぎると達成不可能な目標になってしまう。よって、1階層毎にせいぜい5~9%の上積みが妥当であると考える。
次に、目標設定の単位であるが、営業職の場合は、個人目標よりもグループ目標を最小単位とすることをお薦めしたい。営業職は個人の実力もさることながら、担当する市場や製品・サービス分野によって業績に影響を受ける度合いが大きいし、特に固定客を担当している場合は、業績が良かった年の翌年は、その反動を受けて悪い場合が多いからだ。私も外資系時代は年収が数百万単位で変動したものだ。このような浮き沈みや担当分野の不平等も、グループ目標にすることでかなり吸収される。これによって管理職も個人目標の設定にかかるストレスからも解放されるという訳だ。
次回は、技術職に対する目標設定の考え方について述べていきたい。