第3回 裁量労働制の現状

去る1月29日の衆議院予算委員会で、「裁量労働制で働く人の労働時間は平均的な人で比べれば一般労働者よりも短いデータもある」と安倍総理が答弁したことから、野党の反発を買った「働き方改革関連法案」。2月15日には、データの不備が見つかったことで前述の答弁を撤回したことから、ここへきて一段と物議を醸しているのが「裁量労働制」だ。

「データねつ造か?」などと野党が騒いでいるのはどうでもいいが、参照データが「2013年度労働時間等総合実態調査」と少々古く感じたので、最新はどんなものかと調べてみた。

残念ながら労働時間の実態までは把握できなかったが、働き方改革関連法案の様子を伺ってのことか「みなし労働時間制」は、ここ数年でほとんど導入企業が増えていないことが判った。

厚生労働省の「就労条件総合調査」では、前回調査した平成24年度には全業種のうち11.9%であった導入企業が、平成28年度には11.7%となっていた。導入が進んでいるどころか減っている現状に少々驚いたが、さらに詳しく見てみると業種によって大きく異なることが判明した。

最も多かったのは私の属する情報通信業で、29.6%と4年前の25%から導入企業が大幅に増加している。また、みなし労働制の種類で最も多かったのが「専門業務型裁量労働制」であった。ピーク性の高いシステム開発の現場では効果を発揮するのは疑いなく納得がいく結果だ。

では、導入している企業の実態はどうなのだろうか?

東京都産業労働局が都内約100社に対して行った「平成28年度 労働時間管理に関する実態調査」の中から、いくつか参考となるデータを見つけることができた。「労働者からの苦情や相談」に関しては、「苦情・相談なし」が全体の78.4%。また、「現状を変更していく考え」については、「現状を変更する考えはない」が83.5%と、大方が問題なく運用されているようである。なお、導入の目的は上位から、「生産性の向上」、「労働時間の短縮」、「賃金コストの削減」であり、一定の成果が得られているようにも見える。

企業側が認識している問題点としては、「労働時間の個人差が激しい」、「労働者が時間に対してルーズになる」が上位を占める。労働者側の不満としては「労働時間に賃金が見合わない」が1位となっているが、これは、みなし労働時間を超過した場合の対応について、「とくに何もしない」が1位となっていることとも関連があると考えられる。裁量労働制を導入したことで残業代が一律になり、期限までに業務をこなしきれない場合は、サービス残業に突入しているということだ。要するに、責任感の強いハイパフォーマーが割を食っているのだ。

前職のITサービス業では、約5年前に「専門業務型裁量労働制」を導入した。導入前は、22時を過ぎても多くの社員が残業をしていた。何をやっているか分からない社員も何人も残っていた。ところが、裁量労働制を導入した途端に、20時を過ぎると誰もいなくなった。でも売り上げは変わらない。当然のことながら営業利益率は向上した。要は、残業代欲しさに残っていたのが殆どだったということだ。

無駄な残業がなくなることは健全であるが、本当に必要な残業を余儀なくされた場合でも、やらない人と同じ報酬であれば、やっている人には少なからず不満が蓄積する。蓄積した不満がほんの些細なきっかけで爆発すると、会社に対するロイヤリティを失い、インセンティブの充実した外資系企業に転職してしまう。このままでは、働き方改革の推進が、日本の産業競争力はさらに低下させる要因になりかねない。

これが、雇用形態しか見ていない安倍政権の「同一労働同一賃金」の欠陥である。今の「働き方改革関連法案」は、労働時間と労働環境についてしか議論が行われていない。働き方改革は、労働時間、労働環境、労働賃金の三本柱が、バランス良く適正化されてはじめて実現されるのではないか? 同時に、一律になった残業手当を、業績に応じて如何に適正に配分すべきかのガイドラインも、検討されてしかるべきだと考える。それがクリアできれば、裁量労働制も現行制度のままで十分に導入の価値があるのではないか?

外資系を見てみるといい。裁量労働制とインセンティブは当たり前のように運用されている。私は外資系IT企業に営業職として15年勤務し、日本のIT企業の営業人材育成に15年携わっている。その中で外資系企業と日本企業の営業力の違いを痛感している。競合下の土壇場のせめぎ合いになると、日本企業の営業は決まって “XXX万円値下げしますから決めて下さい”と最後のカードを切ってくるが、外資系の営業は決してそんなアプローチはしない。トップを動かしてでも、社内外のリソースを総動員してでも、高く売ろうとする。

なぜならば、安く売ると自分のインセンティブが少なくなってしまうからだ。どれだけ売っても賞与は会社と一蓮托生の日本企業の営業と、売れば売っただけ自分の給与に直結する外資系の営業の動機付けの差は歴然だ。外資系の営業利益率は、ほとんどが10%以上。対する日本企業は、いいところ5%程度である。この第一線の底力の差が、企業の収益力の差に明確に表れているということだ。

これは解りやすい営業職の一例であるが、全てにおいて外資系のマネをしようと言っているのではない。そういう部分も採り入れていかないと外資系企業と互角以上に戦っていけないということだ。

人は何のために働くのか? それは生きていくため、給料をもらうため。モチベーションも重要な要素であるが、成果に応じた報酬以外に、生産性を向上させる特効薬は存在しないのだ。

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